にょふろぐ!?
 
にょっふんの恐ろしいまでに個人的な愚痴など。
 




お互いに頑張りましょう

高校時代の友人と会ってきました。16日。

昼頃に近鉄I勢N川駅近辺のガストで待ち合わせ、と決めて、トゥデイで一気に南下します。

普通に23号線を使うと渋滞に巻き込まれることは目に見えていたので、裏道を使います。
またもや登場。国道306号線。
T市から先は、二桁県道をひた走りに走ります。
途中、曲がるべき場所を直進してしまい、気がついたら住宅地。地図とにらめっこして、ようやく正規ルートに復帰します。
しかし、そこは走ったことのない道。県道を示すヘキサとその番号をきっちり確認しておかないと、いつミスルートしてるんだか不安になってしまいます(苦笑)

しかしまあ、なんとかN川へ到着。
ガストを見つけ出して駐車すると、いきなりメールが一通。件の友人からです。
……サイフをなくしたのね(・ω・;)
結局、数分経ってなんとか見つけ出すことに成功したらしく、友人はちょっと遅れた形でアクティトラックを駆り登場。

んでもって昼食。
互いの近況に花が咲きます。
状況がなかなか似通っていることに気付くと同時に、私自身の勉強不足を痛感しました……。

それから。

時間もたっぷりあるので、どうすんべ、ということになりまして。
母校強襲
の前に日本史学専修同士、T城を見学。
しかし、門をくぐったところで恩師からメールが届き、結局はすぐさま母校へ。
アクティトラックはガストの駐車場に置き去りにしていたので、トゥデイに乗って向かいます。

最終的には六時頃まで恩師を交えてひたすらダベり、しかもなぜか夏季課題プリントの製本を手伝ったりしながら、まったりと時間を過ごしたのでありました。


帰りは、再びN川までトゥデイで友人を送ります。
んでもってトンボ返りでS鹿まで戻ったのでした。



8月17日(水)00:18 | トラックバック(1) | コメント(2) || 管理

れっつB琶湖

十日、S鹿市内からレンタカーを借りて、B琶湖までドライブに行って来ました。

車種はフィット。
珍しく、ニッポンレンタカーです。
クラス指定する際、いくつもの車種の中にダイハツ ストーリアがあったのを見て、これもいいなあと思ったわけではあったんですが(苦笑)

で、当日の朝。
テレビの速報で、1号線途中で事故が発生しており、それに伴って発生した工事のために片側交互通行を実施しているという情報が流れました。
ちょっとびっくり。
急遽、ルート変更を画策します。
と言っても、S鹿からS賀へ抜けるルートなんて、そうそう数多くあるものではありません。

結局。
国道477号線を使うことにしました。
すなわち、S鹿スカイラインであります。

今回のメンツは、私と高校時代からの親友二人。一人はG阜に、もう一人はT京にそれぞれ下宿のある御仁でございます。
待ち合わせの時間に近鉄のS子駅前に行きますと、一人が遅刻とのこと。
まあいいか、とルートの協議を始めます。
しかし特に異議も出ず、そのまま決定。
二十分あまり経過してもう一人と合流し、出発です。

まずは国道306号線に出ます。
そこから一気に北上。K山市、S鹿市、Y日市市と通過して、K野町へ辿り着きます。
しかし。
……徐々に雲行きが怪しげに(・ω・;)

「やばいねえ」と言い合いつつ、運転を私に交代します。れっつ峠。

土砂降り

いつぞやのK野R神スカイラインを彷彿とさせるような視界の悪さ。
そして見事なブラインドカーブ。
んでもって目の前ダンプカー

峠を越えH野町へ抜けると、見事な青空が広がりました。
……お日様、もっと早く出てよ……(TωT)

あとはあまり特筆すべきことはなかったのですが……
というのも、B琶湖でちゃぷちゃぷしてただけですしね(苦笑)
でも、たまにはこれくらいのんべんだらりとしたドライブもいいかも、と思ったり思わなかったり(笑)



8月11日(木)23:37 | トラックバック(0) | コメント(0) || 管理

母方の祖父の故郷 ver.3

七日。

朝七時頃に目を覚ました我々は、朝食の準備をします。
宿の食事は七時半から八時半まで。急がないと食いっぱぐれてしまいます。

私が泊まった部屋は、人数の関係で、母と伯母と同じ部屋(・ω・;)
……まあ、いいんですけど。
でも、ひたすら化粧水やら年齢化粧品やらの話を聞かされ続けたのには、正直言って閉口しますた(´・ω・`)


で、朝食。
食堂へ出かけていきますと、すぐ隣のテーブルでは昨日叔父がご挨拶した一行が。
恐縮のあまり、親戚一同でひたすら腰を折ってお辞儀人形。


朝食のあとは、ゆったりと微睡む時間です。

……嘘です。ごめんなさい。
父は朝風呂へ行きました。
他のメンツは、チェックアウトの準備をします。
ご丁寧に布団・浴衣をしっかりと畳み、押し入れに戻す母。
いいんじゃないの、と感想を漏らす伯母。
それを横目に地図を眺める私。

チェックアウトすると、今度は近所の道の駅に立ち寄ります。
六日夜にわざわざ梨を持って訊ねてきてくださった爺様の亡兄の息子のお嫁さん(長いな)が、おみやげコーナーで働いているのです。
というわけで、出立のご挨拶。
もう行っちゃうの、と言ってくださってましたが……宿代を全部払ってもらっていながら居座り続けるわけにもいきませんよ……(・ω・;)


んで。

再び中国道に乗り、途中で播但道を経由しながら、二日目帰路の経由地、H路城へと向かいました。
これはもう、父の強い要望によるものです。私はもう行ったことがあるのでどっちでもよかったんですが……時間はたっぷりありましたし。
というわけで、ゆっくりと観覧してきました。
以前行った時に比べると、やはり人が多かったです。こういう時期ですもんね。天守最上階が狭い狭い。

昼頃には出て、城の近くで昼食を摂り、今度こそ帰路につきます。
もと来た道を戻るわけで。
途中でオービスに引っかかりそうになったり覆面に襲われそうになったりしながら、夕方にはS鹿に戻ってきたのでありました。
最後に、祖父母に帰還を報告して、帰宅。
ちなみに爺様は結局、六日七日とも、ご自宅でぴんぴんしていたのでした。


あと、最後にちょっと悔しいことが発覚。
叔父上。
お酒持って来てるなら先に言ってください
結局何本かそのまま飲まずに帰ったとは……もったいないことでありました(´・ω・`)



8月8日(月)23:17 | トラックバック(0) | コメント(0) || 管理

母方の祖父の故郷 ver.2

六日、S鹿を出発。

車は二台に分乗です。
我々T井一家はティーダ。
叔父とその長男、そして伯母は叔父の運転するオペルのアストラワゴンで移動します。

朝九時に祖父母の家に挨拶に立ち寄り、そこからは国道1号線を経由してK山から名阪国道に乗ります。

父母が乗っていますし、二台での移動ですから、あまり無茶な走りはいたしません。
ゆっくり走り、途中のT峰ドライブインで休憩を取りました。
そしてその後は近畿道を使って中国自動車道に入ります。

しかし。

T塚を先頭に動かねえ!(・ω・;)

三十分ほど、足を取られました。
まあ、山陽道と中国道とM鶴W狭道路の分岐点がありますから、仕方ないのですがね……。


んでもって、高速移動時に思ったこと。
叔父上。
追い抜く時ゃさっさと追い抜いてください(・ω・;)
ちょっとひやりとしました。


中国道のK西サービスエリアで昼食を摂り、その後はS用インターで降ります。

そして、すぐ近くのO原の町にあります、宮本武蔵記念館を観光。
潰れた安ホテルを急ピッチで改装したみたいな作りにある意味で感動。


その後、国道373号線を伝ってO山県へ入り、西A倉村はS根という集落を目指します。

見るからに山里。
まだ三時半だったはずなのに、陽が山陰に隠れたせいで薄暗くさえもあります。

そして、辿り着いた親戚の家。
出迎えてくださったのは、マイ爺様の妹御様。
……爺様そっくり(何)
何が似てるって、頬骨のとがり具合とかが非常に特徴的だったりするところとか。

かくて、大叔母様(要するに爺様の妹)と爺様の亡くなったお兄さんの奥さんと息子に出迎えられ、墓参りをしたのでございます。


んで、挨拶を済ませたら、宿へ。
実は、今回爺様がわざわざ西A倉まで出かけようと決意した理由には、同窓会が行われる、ということも含まれていたのです。
……と言っても、もうお歳もお歳なので、参加者はわずか6~7人(爺様含む)。
爺様不参加の由を、宿で隣同士の部屋になった同窓会の皆さまへ、叔父が詳しく報告していました。


六日の用事は、これでひとまず終わり。
あとはもう、温泉・飲み会という形で一日を終えます。
飲み会の最中に爺様の亡兄の息子夫婦が、土産にと梨を持って現れた時はびっくりしましたけどね(・ω・;)



8月8日(月)23:16 | トラックバック(0) | コメント(0) || 管理

母方の祖父の故郷

実家のパソコンではどうもうまく更新できなかったので、下宿に戻ったのを期に後追い更新してみます。

というわけでにょっふんです(・ω・)b


八月の六日と七日を費やして、母方の祖父の生まれ故郷、O山県はA田郡西A倉村へ行って参りました。
メンツは、祖父母と叔父(祖父の長男)、従弟(叔父の長男)、伯母(母の姉)、マイ父母、そして私と、合計8名でございました。
……となるはずでした

マイ爺様はメニエル氏病を長らく患っています。
すっかり持病のようなもので、時折身動きが取れなくなるようです。
で、特に夏は、夏バテとタッグを組んで襲いかかってくるようなのです。
……もう予想はつきましたね?
しかし、まだまだ(何)

出発の前々日、すなわち四日まで、祖父はメニエルのためにぐったり寝込んでおりました。
当然、周囲は出発を危ぶんでいます。もし爺様が行けなかったら、婆様も残って看病しないといけませんから、子供三人(伯母、母、叔父の三姉妹弟)だけで西A倉の親戚に挨拶に行くように、という話まで出たほどです。

ところが出発直前の五日、朝起きた時、爺様の体調は回復していました。

……
婆様がほっとしたのも束の間。

爺様は、「どれだけ体調が戻ったのか試してくる」と言い置いて、近所へグランドゴルフに出かけてしまったのです。

しかも2ラウンド

結果、爺様はダウンし、我々だけ、総勢六名でO山へと向かうこととなったのでありました。



8月8日(月)23:16 | トラックバック(0) | コメント(0) || 管理


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